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和歌山地方裁判所 昭和47年(わ)18号 判決

本籍

和歌山県那賀郡打田町大字東三谷四五六番地

住居

同県和歌山市本町六丁目二〇番地の二

医師

三谷淳一

大正八年三月二九日生

出席検察官

津村寿幸

主文

被告人を懲役八月および罰金八〇〇万円に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納しないときは、罰金二万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和一九年九月京都府立医科大学を卒業し、直ちに海軍軍医中尉として従軍し、昭和二一年復員して和歌山赤十字病院内科に医師として勤め、昭和二四年に同病院産婦人科に転じ、昭和二八年四月同病院を退職して和歌山市本町六丁目二〇番地で産婦人科医院を開設開業し、昭和四三年一一月近くの同市本町六丁目二五番地に病院を新築移転し、昭和四六年九月現在で、常勤医師被告人一人、臨時応援医師若干名、看護婦八名、入院ベツド数一七床の規模において産婦人科医業を営んでいる個人であるところ、家事のほか、家産の管理一切および医院の事務に従事する妻三谷満喜子(昭和三年生)と共謀の上、所得税を免れようと企て、

第一  昭和四四年分の総所得金額が四二二八万一四七二円であり、これに対する所得税額が二二七四万三一〇〇円である(右の総所得金額から社会保険料控除その他の所得控除額を差し引いた課税総所得金額四一七一万七〇〇〇円について、当時の税率である昭和四四年法律一四号による該当税率六五パーセントを乗じた数額から同法所定の四〇四万一五〇〇円を控除した算出税額二三〇七万四五五〇円より更に配当控除、源泉徴収税額を差引いた差引納付税額が右の正当税額である)のにかかわらず、自由診療報酬(社会保険診療でない診療の報酬)の一部や配当所得、貸付金利息などの雑所得を架空名義の預金等にしたり、あるいは株式を架空名義で購入するなどして所得を秘匿したうえ、昭和四五年三月一六日和歌山市湊通一丁目一番地の和歌山税務署において同税務署長に対し昭和四四年分の総所得金額が七三六万八一二四円で、これに対する所得税額が二一八万四〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税二〇五五万九一〇〇円をほ脱し、

第二  昭和四五年分の総所得金額が四二八六万七六七五円であり、これに対する所得税額が二二三六万五一〇〇円である(右の総所得金額から社会保険料控除その他の所得控除額を差し引いた課税総所得金額四二二三万四〇〇〇円について、当時の税率である昭和四五年法律三六号による該当税率六五パーセントを乗じた数額から同法律所定の四六九万二〇〇〇円を控除した算出税額二二七六万〇一〇〇円より更に配当控除、源泉徴収税額を差し引いた差引納付税額が右の正当税額である)のにかかわらず、前同様の方法により診療所得等の一部を秘匿したうえ、昭和四六年三月一五日前記和歌山税務署において同税務署長に対し昭和四五年分の総所得金額が七八八万二四一一円で、これに対する所得税額が二一三万四三〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税二〇二三万〇八〇〇円をほ脱し

たものである。

(証拠)

判示全体の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一、 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書五通および検察官に対する供述調書三通

一、 三谷満喜子の大蔵事務官に対する質問てん末書九通および検察官に対する供述調書三通

一、 津田武次の大蔵事務官に対するてん末書および検察官に対する供述調書

一、 被告人作成の所得税確定申告書二通の各謄本(昭和四四年分、同四五年分)

一、 岩橋埋一、橋本悦次郎、笠野のり子、丸山豊子、井上友二郎の検察官に対する各供述調書

一、 中西敏祐、小畑和男、中萩隆市、藤木尚(二通)、出口邦久の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一、 阿部英之、藤井明、阿部雅宣、小西克憲、水上弘、丸山芳文、丸山豊子作成の各供述書

一、 出口邦久作成の上申書

一、 次の者の各作成にかかる確認書

1. 三和銀行和歌山支店次長上田義一(二通)

2. 紀陽銀行中之島支店長橘正太郎

3. 日本勧業銀行和歌山支店長荒井重三

4. 東洋信託銀行和歌山支店長中井治郎

5. 同銀行同支店長代理北原亮一

6. 三谷満喜子

7. 山一証券(株)和歌山支店次長増田正男

8. 同会社同支店長山崎一雄

9. 岡三証券(株)和歌山支店長石田哲生

10 野村証券投資信託販売(株)和歌山支店藤井人志

11 富士商事(株)代表取締役藤木尚

12 和歌山県医師協同組合事務長父川武史

13 (有)マルマス商会井辺智恵子

14 三和銀行和歌山支店支店長代理川北貞嗣

15 合資会社玉清丹薬局代表社員村木瞭三

16 (株)日証岩橋理一

一、 次の者の各作成にかかる照会回答書

1. 和歌山県医師信用組合理事長佐藤泰造

2. 和歌山トヨペツト(株)榎本陽一

3. 日産プリンス和歌山販売(株)鎌倉秀夫

4. 高野龍一

5. 武田鑿泉工業(株)佐藤千代子

6. 東和冷機(株)

7. 桜井電工(株)代表取締役桜井圭伺

8. 大木電気製作所

9. 和歌山市国民健康保険課々長森時雄

10. 和歌山県国民健康保険団体連合会

11. 和歌山県社会保険支払基金

12. 奈良県国民健康保険団体連合会楠見幹夫

13. 大阪府国民健康保険団体連合会横田

14. 国鉄共済組合天王寺支部丸天紀生

15. 和歌山市医師会中村成枝

16. 南海電気鉄道(株)株式課

17. 中央信託銀行大阪支店

18. 大隈鋳造(株)

19. 三菱信託銀行証券代行部

20. 東洋信託銀行証券代行部

21. 同銀行同部長藤合清隆

22. 日の出証券(株)和歌山支店長古賀慶一

23. 安田信託銀行証券代行部

24. 中央信託銀行大阪支店証券代行部

25. 東洋信託銀行大阪支店証券代行部

26. 日本生命・和歌山支部内務課長上野実

27. 和歌山税務署長

28. 和歌山市役所税務部長樋口重治

29. 和歌山北県税務所長

30. 武田材木店武田英子

31. 大工山本彦一

32. 左官業藤原秀一

33. 堀江瓦店堀江裕

34. 畳商天隆

35. 小松板金工作所小松準市

36. 紀和建材工業(株)代表取締役上輝彦

37. (有)桜井硝子店桜井忠雄

38. 水原清蔵

39. 北上商店北上安夫

40. 水軒木工(有)代表取締役畔柳清次

41. 内原熔接工作所内原英夫

42. (株)伊織無線商会伊織正造

43. 京橋堂壇上昌良

44. 松広時計店松広三治男

45. (有)島清金物店代表取締役島清太郎

46. 世界文化販売(株)和歌山営業所谷田陽佑

47. 竹中食品店竹中英二郎

48. 関西電力(株)和歌山営業所中山義隆

49. 大阪ガス(株)和歌山営業所

50. 和歌山市水道局料金第二課長桝岡修

51. 寺井電気工事店

52. 宮井平安堂、松本弘義

53. (有)岡崎医科器械店

54. 宮井医科器械店、宮井勇次

55. 大紀薬品(株)塩崎倬

56. (株)市山フアーマシー経理課塩見美千子

57. 沖井衡材(株)

58. (有)森永和歌山東販売所代表取締役高橋務

59. 富士製パン店西峰和雄

60. 和歌山基準寝具(株)代表取締役丸山芳文

61. (有)丸和・鈴木とし子

62. 醤油店成見行造

63. (株)有田石油店代表取締役有田孝夫

64. 大和交通株川島さよ

65. (株)日石本町給油所小笠原敏子

66. (株)宣伝公社味村明美

67. (株)ツジヤ商会

68. 大木電気工事(株)中井裕子

69. 松田印刷所

70. 帯伊書店高市績

71. 紀州文化産業(株)代表取締役平浴邦夫

72. 中村茶店中村啓三

73. (有)タイガー薬局代表取締役上西虎信

74. オソメ支店増田三郎

75. (株)平松志形仲子

76. (株)原コークス商会代表取締役原米次

77. 大鉄広告辻本沼良

78. 厚生社谷口定一

79. 大阪血清微生物研究所

一、 大蔵事務官野村一夫ほか三名作成の現金預金有価証券等現在高検査てん末書綴

一、 和歌山赤十字血液センター作成の保存血液取引状況調査回答書

一、 和歌山トヨペツト作成の被告人との取引口座写

一、 次の各押収物(カツコ内の算用数字は、昭和四八年押第一一一号の符番号を示す)

1. 昭和四四年分、同四五年分の各所得税確定申告書、青色決算書控二綴(1.2)

2. 有中西組領収書三冊(3.4.5.)、同組当座勘定入金通帳四冊(6ないし9)

3. 大阪屋証券・和歌山支店顧客勘定元帳一綴(10)

4. 富士商事(株)貸付金関係メモ(11.12)

5. 同会社借入金補助簿一綴(13)

6. 銀行借入手形(29.30.31.)

一、 大蔵事務官山川渥生作成の「補正報告について」と題する検察官宛て文書(検一九〇号)

(適条)

判示第一、第二の各所為について

所得税法二三八条一項、刑法六〇条(懲役罰金併科)

併合罪の加重併科

刑法四五条前段、一〇条、四七条本文、四八条二項(犯情重い判示第二の罪の懲役刑に加重。併科罰金額の合算)

懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

罰金不完納のときの換刑処分

刑法一八条

(量刑の事情)

本件は、高額所得者である個人が二年にわたり不正の申告により多額の所得税をほ脱した事案である。申告納税制度は、納税者の自発的な正しい納税の意識を前提とし、賦課納税制度におけるよりも高度の市民倫理を納税者に期待しているが、脱税事犯は、その市民倫理の違反であるとともに、詐欺その他の不正行為により、公共財となるべき税の負担を免れる、公共に対する不正利得犯類似の形態をもち、単なる行政犯でなく、自然犯的な性格を帯びている。本件では、所得額の両年度平均八二パーセントが確定申告で秘匿され、正当税額におけるほ脱税額の割合、即ちほ脱税率が両年とも九〇パーセントに昇り(累進加税制のため、両年とも、申告所得額での税率は、正当所得額の税率より一九パーセント低い率が適用された)、二年間のほ脱税額(不正利得類似の額)が合計四〇七八万円余に達している。被告人は、他の医師仲間の税申告状況を参考にして、昭和四三年以前から同様の確定申告をして済ませていたというのであって(同年前の分については公訴時効完成)、罪は被告人のみに留らないことが窺えるけれども、むしろ県下個人開業医のうちでも屈指の盛況にある被告人の税申告状況が他の者の基準となり、同業者全体の申告額を低下させたのではないかの疑念なしとしない。福祉国家を目指し、租税の果す役割の増大するなかで、右の様な高額高率の脱税を犯した被告人の刑事責任は前記罪質に照らし極めて重いというべきである。

他面、被告人は、県内で高名の産婦人科医として永年医療に励み、自らはむしろ金銭に括淡とした性格で、所得の過少申告にも積極的ではなく、財産管理を司る妻の行動に承認を与えていたに留っている。秘匿所得は、必らずしも健康でない被告人の老後設計や医学生の長男長女の開業資金準備など将来の諸支出のため備蓄していたものである。また、本件発覚に伴い、申告分のほか、修正更正後の本税、重加算、延帯税昭和四四年分合計三〇五五万五〇〇〇円、昭和四五年分合計三〇七〇万一一〇〇円(正当所得税額よりも昭和四四年分で九九九万五九〇〇円、昭和四五年分で八三三万六〇〇〇円合計一八三三万一九〇〇円高い額)を完納して恭順の意を表している。被告人はこれまで全く前科前歴がなく優れた専問職の指導的市民として社会に貢献して来た者であって、本件査察訴追によってすでに手痛い社会的な制裁を受けている。

これら諸事情を総合して考慮すると、懲役と罰金の併科をすべきであるとともにその量定は主文のとおりとするのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山英已)

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